2022年2月3日、地元紙『新潟日報』に「佐渡金山は朝鮮人強制労働の現場ではない、事実に基づく反論を!」と題する「歴史認識問題研究会」(西岡力会長)の意見広告が掲載されました。その主張は、冒頭に太字で「朝鮮人戦時労働動員は強制労働ではない戦時動員の3倍が自分の意思で個別渡航佐渡金山に動員されたのは千五百人うち千人は現地での募集に応じて動員された待遇はみな内地人と同じ」というものでした。
これは戦時に佐渡鉱山でなされた朝鮮人強制労働の歴史を否定するものです。
また、2021年4月16日(第204回国会)で衆議院議員馬場伸幸氏(日本維新の会)が提出した質問主意書に対し、日本政府は2021年4月27日の定例閣議で「「強制連行」「強制労働」という表現に関する質問に対する答弁書について」を閣議決定しました。その内容は次のとおりです。
1 朝鮮半島から内地に移入した人々の移入の経緯は様々であり、これらの人々について、「強制連行された」若しくは「強制的に連行された」又は「連行された」と一括りに表現することは、適切ではないと考えている。
2 また、旧国家総動員法第四条の規定に基づく国民徴用令により徴用された朝鮮半島からの労働者の移入については、これらの法令により実施されたものであることが明確になるよう、「強制連行」又は「連行」ではなく「徴用」を用いることが適切であると考えている。
3 「強制労働ニ関スル条約」第2条において、「強制労働」については、「本条約ニ於テ「強制労働」ト称スルハ或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務ヲ謂フ」と規定されており、また、「緊急ノ場合即チ戦争ノ場合・・・ニ於テ強要セラルル労務」を包含しないものとされていることから、いずれにせよ、「募集」、「官斡旋」及び「徴用」による労務については、いずれも同条約上の「強制労働」には該当しないものと考えており、これらを「強制労働」と表現することは、適切ではないと考えている。
この1と2については、「強制連行された」若しくは「強制的に連行された」又は「連行された」と一括りに表現することは、適切ではない」、あるいは、国民徴用令による「徴用」は、「強制連行」又は「連行」ではなく「徴用」を用いること」と述べたものに過ぎません。
それにより「朝鮮半島から内地に移入」した人々が、「「強制連行された」若しくは「強制的に連行された」又は「連行された」」という事実がなかったことにはなりません。
3については、国際労働機関(ILO)条約勧告適用専門家委員会の年次報告(1999年3月、2001~2007年3月、等)において、日本が1932年に批准した「強制労働禁止条約」(1930年)に違反していること、すなわち「本委員会はそのような悲惨な状況で労働させた戦時日本による大量徴用や強制労働は条約違反であると認めた」(2003年3月)ことが明確に述べられています。
2021年4月の日本政府の「閣議決定」は、ILOの度重なる報告をまったく無視したものです。
それにも拘らず、この閣議決定により、文部科学省が教科書会社に「説明会」を実施し、その結果、「従軍慰安婦」「強制連行」等の語が削除されるか、表現の変更を迫られました。
この事態に対して、日本弁護士連合会(日弁連)が2022年2月17日に「政府見解により教科書の「従軍慰安婦」「強制連行」等の記述を変更させる動きに関する会長声明」を発表し、「教科書の記載内容を時々の政権の意思によって決定できることとなり、事実上の国定教科書に極めて近くなってしまう。」ことへの憂慮を表明しています。
今年2月、『明治日本の産業革命遺産強制労働Q&A』(2018年)著者の竹内康人氏が、朝鮮人が収容された相愛寮の「煙草配給台帳」を閲覧するために来訪しました。2月16日付で佐渡博物館の「特別利用許可書」を得ていましたが、新潟市内に宿泊していた前日の2月21日になって、同博物館から閲覧不許可を通告されました。(抗議を受け、博物館は3月25日に閲覧不許可を撤回。)
また、竹内氏は、佐渡鉱山(ゴールデン佐渡)が所蔵し、公開された複写資料からは削除されていた平井栄一『佐渡鉱山史』(太平鉱業佐渡鉱業所1950年)所収「朝鮮人労務者事情」の1頁分が、自由民主党の国会議員に対しては開示され、「日本人・朝鮮人労働者の同一待遇」「福利厚生の充実ぶり」等の主張の根拠とされていることを指摘しています。
歴史研究者に対しては、既に公開された史資料が閲覧不許可とされ、他方で、佐渡鉱山での「強制労働」を否定する政治家に対しては、非公開とされてきた史資料が開示されるという事態が起きています。
今回の相愛寮「煙草配給台帳」の非開示処分(のち撤回)は、史資料の閲覧・調査による事実の究明、歴史研究そのものを行政組織が否定する行為と言わざるを得ません。
「新潟水俣病」「福島第一原子力発電所事故」「慰安婦」「徴用工」問題等においても、事実が故意に無視され、被害者が切り捨てられています。今回の事態で露わになった、これらの問題とも通底する歴史観・価値観は、世界基準の人権意識を欠き、人道に反するものです。
現職・退職者を問わず、新潟県内の心あるすべての小・中・高校・大学の教員が声を上げ、その誤りを、市民と行政に訴えていかなければなりません。
そうしなければ、今回の「佐渡島の金山」ユネスコ世界遺産推薦問題で大きく可視化された、「歴史認識問題研究会」が標榜するような歴史観が、教科書やマス・メディアを通じて、間違いなく新潟の子どもたちにも大人たちにも浸透・定着するでしょう。隣国との関係も含めて、「佐渡島の金山」に関わる誤った「事実」が、政府(行政)とメディアの主導で流布されるのを見過ごすわけにいきません。
江戸時代も、近代になっても、佐渡鉱山で多くの人たちが過酷な労働に従事したことは否定できません。不足する労働力を補うため、江戸時代は江戸からの「無宿人」が、戦時中は朝鮮人が佐渡に「移入」させられました。朝鮮人労働者の「強制」的な「労働」の事実は、『新潟県史』(1988年)『佐渡相川の歴史』(1995年)にも記され、当時を知る人の証言も残されています。しかし、新潟県知事は、3月18日(金)開催の新潟県議会において、「新潟県史、これは、歴史的変遷の過程を学問的視野で捉えることを目的として、広く学会の研究成果を取り入れることに務め、学問的権威のある内容を保つ、という方針のもとで作成されたものでありまして、ただちにそれが事実だということになるかは、いままさに、国と一緒にあらためて調査をしているところ」であると答弁し、『新潟県史』の内容を否定しました。
将来、これらの記録が非公開とされたり、もしくは、その時々の政権・政治家にとって都合のよいものに書き換えられ、その結果、朝鮮人の「強制」的な「労働」の事実が無かったことにされてはなりません。
「近代日本」が国是とした「富国強兵」政策は、公害と戦争という「負の歴史」を生みました。足尾銅山の鉱毒は、100年後の今も土壌改良・治水工事を必要とし、水俣病など公害病患者、炭坑・原子力発電所の爆発事故による被害者の苦しみにも終わりがありません。戦時労働動員での過酷な労働、植民地や戦地として占領された国・地域での日本軍による蹂躙の記憶も、決して癒えることはありません。今回のユネスコ世界遺産推薦にあたって、推薦時期を「江戸時代まで」に限るという行為は、佐渡鉱山のありのままの歴史を隠蔽し、時代・民族を問わず、傷つき、死に、殺し殺されたすべての人間を冒涜することにほかなりません。
江戸時代の「処刑場跡」「牢獄跡」などの遺跡と同様に、近代の「負の歴史」も含めた鉱山文化総体の所産として、さらには「佐渡独自の手工業」などではなく、ヨーロッパや中国・朝鮮の技術・学問の影響を受けた、諸外国との文化交流の所産でもあることを前提として、「佐渡島の金山」がユネスコ世界遺産に登録されることを、私たちは強く願います。
2022年3月26日(沖縄戦開戦の日)
呼び掛け人:
竹田和夫(鉱山文化研究)
藤石貴代(新潟大学人文学部・朝鮮近代文学)
佐藤泰治(もと平和教育研究委員会・もと高校教員)
木村昭雄(もと平和教育研究委員会・もと高校教員)
永田治人(もと佐渡扉の会会長・もと高校教員)
石崎澄夫(もと佐渡扉の会事務局長・もと高校教員)
広瀬貞三(福岡大学名誉教授・朝鮮近現代史)
糟谷憲一(一橋大学名誉教授・朝鮮近代史)
小林昌二(新潟大学人文学部名誉教授・日本古代史)
小林昭三(にいがた県民教育研究所理事長・新潟大学教育学部名誉教授)
森田龍義(新潟大学教育学部名誉教授)
谷本盛光(新潟大学理学部名誉教授)
原直史(新潟県歴史教育者協議会会長・新潟大学人文学部・日本近世史)
連絡先: 藤石貴代 fujiishi@human.niigata-u.ac.jp TEL/FAX 025-262-6378